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プロジェクトについて

プロジェクトについて

本プロジェクトの目標と内容

国立長寿医療研究センターと株式会社島津製作所は、最近、認知症の過半数を占めるアルツハイマー病の脳内アミロイドβ(Aβ)蓄積を高精度に捉える血液バイオマーカーの開発に成功したことを報告致しました。これは、アルツハイマー病の治療薬や予防法の開発にブレークスルーをもたらす技術として世界的に注目され、実用化が強く期待されています。従って、この血液Aβバイオマーカーの臨床応用を早期に実現することが、本プロジェクトの第一の目標です。このために、国立長寿医療研究センター、東京都健康長寿医療センター、近畿大学医学部の3施設共同で、2020年6月より前向き研究を開始し、島津製作所と協力して3年以内の実用化を目指します。

一方、認知症全般の対策のためには、Aβ以外の血液バイオマーカーを開発していくことも重要です。アルツハイマー病に限定しても脳の病態進行メカニズムは複雑で、Aβ蓄積後に、タウ蛋白の蓄積、神経変性といったプロセスが進行するため、最近ではアルツハイマー病を”ATN”(Amyloid, Tau, Neurodegenerationそれぞれの頭文字)で層別化して病態進行を把握するようになってきました。タウ蓄積を捉えるのも現状ではPET検査や髄液検査が必要となりますが、国立量子科学技術研究開発機構の徳田らは、世界で初めて血液検査で脳のタウ蛋白の蓄積を推定できることを報告しており、更に神経変性に伴って増加するとされるNFL (neurofilament light chain)という蛋白質を血液で測定する技術も確立しています。また、東レ株式会社は、血液中のマイクロRNAを解析することにより、アルツハイマー病に次いで頻度の高い神経変性疾患のレビー小体型認知症の鑑別ができる可能性を報告しています。名古屋大学の勝野らは、レビー小体型認知症を発症前に捉える大規模研究に取り組んでいるため、本プロジェクトによりレビー小体型認知症の早期診断に役立つバイオマーカーの開発も期待されます。更に、東レ株式会社は、血液マイクロRNA解析が、脳血管性認知症の鑑別や軽度認知障害から認知症への移行予測に有用である可能性も報告しています。

本プロジェクトの最終的な目標は、これらの血液バイオマーカーの臨床的有用性を検証し、血液Aβバイオマーカーと組み合わせることによって、血液検査による認知症の統合的層別化システムを開発していくことです(図1)。これらの検証は、国立長寿医療研究センターのバイオバンクや、名古屋大学の臨床研究で保存された既存試料を用いて進め、必要に応じて他の大規模研究との共同研究も視野に入れながら、5年以内の実用化を目指します。

本プロジェクトの目標と内容

図1:血液バイオマーカーによる統合的層別化システム

本プロジェクトの将来展望と貢献予測

本研究開発により、主に次の3つの医療・社会的貢献が期待されます(図2)。

① 治療薬開発
現在アルツハイマー病の治験の多くにおいて、PET検査を行ってAβ蓄積を確認することが被験者の組み入れ条件とされており、これがコストや効率の面から治験の大きな阻害要因になっています。血液検査によるスクリーニングで事前の層別化が可能となれば、これらの問題を改善し、治療薬開発に大きく貢献すると期待されます。また、治療効果をモニタリングする際にも、安全に繰り返し検査が行える本システムは力を発揮すると期待されます。
② 認知症診療
認知症を臨床症状のみで正確に鑑別診断することは容易ではないため、診療の現場では病理や病態を反映するバイオマーカー情報が求められています。血液検査によりこれらの情報が得られるようになれば、認知症の鑑別診断に有用で、治療方針の決定や進行予測に基づくケアプランの立案にも役立つと期待されます。また、PET検査や髄液検査の前段階の検査として用いることも可能で、それによって患者さんの負担や医療・介護コストの削減にも貢献できます。
③ 予防医療
これまでに認知症の効果的な予防法を開発する研究は盛んに行われてきましたが、大規模集団をバイオマーカーで層別化することは現実的に不可能だったため、脳の背景病理や病態と照らし合わせて介入効果を詳細に評価することができませんでした。血液検査によって層別化が可能となれば、認知症の効果的な予防法を開発するための研究を促進する大きな原動力となると考えられます。また、将来的には高齢者健診に応用することにより、認知症高リスク者に対する早期介入やリスク管理、生活習慣の改善等による発症予防に役立てることができれば、高齢者の健康寿命の延長に寄与し、認知症対策コストの低減にも繋がると期待されます。
本プロジェクトの将来展望と貢献予測

図2:本研究開発によって期待される医療・社会的貢献